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今月あなたが退職するとして、給与計算や労務手続きは問題なく運用される自信がありますか?

労務のAdvent Calendar 2022の1日目ということで、給与計算チェックをスマートにするGozalの高谷が労務について書いていきたいと思います。


労務管理の2022年の状況

100人前後以下の規模の会社において、労務担当者は1名以下であることは、もはや「一般的」であるとさえいえる。そのくらい、労務管理は投資の順番として優先順位が劣後している

経理や人事が片手間でやらざるを得ないものになっている会社も多いだろう。複数名で労務に対応できる会社が「楽で良いね」と言われるほどの惨状だ。

効果的なシステムの導入も予算をしっかりとれる会社は少ない。採用活動、担当者には資金を投下するが、労務管理は最低限のコスト・更なるコストカットの対象として挙げられることも多い。

一方で、法改正は2023年以降も予定されており、労務管理の対応難易度は年々高くなってきている


労務管理は属人化したっていいじゃない

そんな構造の日本の労務管理において、「属人化するな」というのは無茶な話ではないだろうか。人は増やせない、システムは導入できない、だけど仕事量が増える、「給与間に合いませんでした」は許されない。それならせめて結果を求めて、属人化することは許されて良いのではないか?

大幅に採用して労務担当者を増やすわけでもないのに、属人化をしないために、貴重な時間を投資する必要性がどこにあるのか。

そう、労務管理は属人化したっていいじゃないか

ところで労務管理における属人化とは何か

今月あなたが退職するとして、給与計算や労務手続きは何も問題なく運用されていく自信がありますか?

ここで答えが「No」なら属人化していることが確定する。あなたがあと2〜3週間で退職したとして、その後も給与計算や労務対応が全て潤滑に回る自信がないなら、属人化しているのである。

2〜3週間といったが、突然怪我や病気になるリスクはゼロではない。明日からいきなりなんてこともあり得る。「明日いきなりあなたが業務ができなくなったとして、給与計算や労務手続きが問題なく運用されていく自信がない」のであれば、労務管理における属人化を突破できていないといえる。


そう考えると属人化ってどうなの?

あなたが真面目な人であればこう思うだろう。

自分がいなくなっても社員の社会保険、税務、給与計算は運用されていかなければならない。でないと社員が安全に働けない。

厳しい環境でも労務担当者である自分がとにかく頑張れば、社員みんなが安全に働くことができる。だけど、どうしても自分が働けなくなってしまった時に、1人で頑張ってきたが故に、社員みんなが困ってしまう。属人化はダメなんじゃないか?

あなたが普通の人であればこう思うだろう。

いや知らんて。どんな時でも労務への投資の優先順位を下げ続けてきた会社の判断のせいだろ。さて、転職してもっといい会社行こう。過去の仲間の給与とか社会保険のことなんてどうでも良いわ。

会社の意思決定の結果であり、労務担当者が退職等してしまった後に、給与が適切に支給されず、社保手続きが実行されず、税金の納付ができていなかったとしても、それは労務担当者の責任ではない

ただ実際の労務担当者とは、ほとんどが前者の責任感を持ち、真面目で、仲間思いの人ばかりである。なぜだろうか。きっと労務管理という業務自体、そういう責任感とか使命感がなければやり遂げられるものではないからだろうな。

属人化に対して持つ感情

こんな感情を1ミリでも思っていないだろうか?

・属人化しちゃっているくらい、この会社は自分がいないとどうにもならない。ほんとこの会社はしょうがないんだから。
・自分の代わりは他にはいない。自分にしかできないことがたくさんあるという事実が嬉しい。
・なんて自分は頑張ってるんだ、すごい。

こんな想いを抱いてしまうことは、罪なことなのだろうか?いやそんなわけはない。そう想ってないとやっていけないような、追い込まれる環境になってしまっているだけである。周りが評価してくれないから、代わりに自分で評価せざるを得ないという状態もあるだろう。

事実に対して自然に生じる感情は、無理やり変えられるものではない。客観的に自分が、属人化に対してどう想っているかを捉えてしまって良いだろう。

労務担当者としては自然に生じる2つの感情のどちらを優先するか決めれば良いだけ
- ①自分がいなくなっても社員の社会保険、税務、給与計算は運用されていかなければならない。でないと仲間が安全に働けない。自分のポリシーとして仲間は守りたい。
- ②属人化しちゃっているくらい、この会社は自分がいないとどうにもならない。その状態は自分にとって心地よいし、自分を誇れる。

どちらが正しいとか、どちらが偉いとかじゃない。
唯一絶対の正しさはなく、あるのは自分の自然な感情と一致するか否か。

今いる会社の労務管理をどういう道に進めるかは、労務担当者の感情に全権が委ねられている。何を大切にするか自ら意思決定するしかないのである。

属人化を超えた先にあるもの

個人的には、属人化を進めていくことが悪だとは思わない。
一方で、属人化を超えることで得られるものもある

実際こんな話を本当によく聞く。

・顧問の社会保険労務士が全然使えなくてさ。別の顧問先を探してるんだよね。社労士って実務知らないよね。
・アウトソーシングしたら余計手間が増えて、全然楽にならなくて。1人でやってた方が楽だった。
・労務担当者を新しく採用したんだけど、結局すぐ辞めてしまったんだよね。レベルが低すぎてどうしようもなかったからちょうどよかった。
・経営陣が労務に理解がなくて、何にもわかってない。システムも導入しないし、リスクについても無視されるし。

本当にそうなのかもしれない。
だけど、聞いていて辛くなるようなことが多い。なぜなら「その先に幸せな未来が見えない」から。

・社労士さんに苦手な実務があるなら、その実務をカバーして、最も能力を発揮する分野に専念してもらったらどうだろうか。また苦手な分野の業務フローを改善したり、フィードバック、フォローを行うのはどうだ?

・社労士を変えることで問題は解決できるのか?社労士の個人技に依存するオペレーション自体は問題視しなくても良いのか?

・アウトソーシングで楽にならないのはなぜか分析したか?それは業務のスムーズな依頼ができないほど業務が属人化していたり、言語化不足だったからではないか?

・1人でやっていた方が楽だったのは、短期的な視点か?中長期的でも楽にならないならそれはアウトソーシング先の問題というよりオペレーションや仕組みに根本的な問題があるのでは?

・労務担当者を採用してすぐ辞めてしまったのは能力やその会社特有の知識に依存するオペレーションや運用のせいではないか?レベルが低い人でも徐々に成長して、活躍できる仕組みができていなかったのでは?

・経営陣が労務に理解がないのはなぜだろうか?月にどのくらい情報提供していた?経営陣と頻度高くちゃんと議論して、諦めずに提案、主張していたか?経営陣に刺さるようなプレゼンテーションはできていたか?

属人化を超えて、労務管理に関係する人たちのパフォーマンスを引き出すことができるようになることで、問題を解決できる確率が高くなっていく。

誰かの個人技に依存しない。
人の注意力に依存せずに仕組みや運用でパフォーマンスを再現できる。

そうなって初めて

今月あなたが退職するとして、給与計算や労務手続きは何も問題なく運用されていく自信がありますか?

この問題に「YES」と答えていくことができるのではないだろうか。

その結果、

自分がいなくなっても社員の社会保険、税務、給与計算は運用されていかなければならない。でないと社員が安全に働けない。

この問題が解決される。
確かに、自分1人で対応した方が業務は早いだろうし、熟練者と比べたらレベルの低い人たちもいるだろう。経営陣に理解されなくてもとりあえず業務はできる。

だけど、1人では絶対に解決できない問題を突破して、組織のその後を支えるためには、属人化を超えることは有効な施策の1つだと思う。

属人化を超えることは、未来を作ること。

大きな改善をおこなった直後でさえ、常にさらに飛躍的に状況は改善できる。あなたがそう信じている限り。

イスラエルの物理学者 エリヤフゴールドラット

じゃあ具体的にどうしたら属人化は防げるんだよ

属人化を防ぐためには、属人化を生み出す根本原因に対処すれば良いと考える。属人化を生み出している原因のパターンはだいたい共通している。

自分が退職した場合、給与計算は問題なく実施される自信が全くない
↓ why
マニュアルがなく、例外的な扱いをする部分は都度判断をしていたから
↓ why
ルール自体が頻繁に変わり労務対応する人数も限られているために、言語化する十分なリソースを確保できなかったから
↓Why
働き方を試すという形で色々なルール変更、運用を行っている、また会社として売上と採用を優先しており、管理部門への投資は最低限にしている。


根本原因は大きく2つある。
①ルール変動性
働き方やルールを頻繁に追加、削除、変更していくと労務の業務は複雑化していく
②労務リソース軽視
労務担当者を採用しない、ツールを導入しないなど投資を抑えすぎるとリソース不足で属人化していく


ルール変動性への対処

本質:
働き方やルールを頻繁に追加、削除、変更しすぎると労務の業務は
複雑化していく

顕在化問題:
事後報告がきたり、直前まで共有が来ない。「今回はとりあえず急ぎだから支給しよう!」「もう決定されてるからとりあえず〇〇しよう」「こういう結果になったから労務的に適切にやっておいて」

重要な概念:
経営陣や現場との「信頼関係」。事後報告がきたり、直前まで共有が来ないのは、信頼関係がないから。「こういう制度にしたいけど、労務担当の〇〇さんの意見聞いておきたい!」と思ってもらえるようになるべき

目指す結果:
事前に話を聞いておけば、労務として主張できる面積が増えていきます。「これだけはNO」と否定したり、しっかり準備することもできる確率が高まります

具体的な施策:

①信頼を獲得する
信頼があると、事前にルール変更の検討状況の共有を受けられるので労務として主張できる面積が広がり、無駄なルール追加を防げる

日常対応の積み重ねでしかない。トラブル・問題・課題が発生した時に「スピーディーかつ丁寧に」解決を支援することが重要。解決に導くためには、
・労務判例や法令、ケースに対する絶対的な勉強量確保
・他社の労務担当者とつながり、学び合うこと
・社労士や弁護士とすぐ相談できる関係性を築いておくこと
・個別の社員に向き合うための時間を確保するために、ミスを繰り返さない仕組みを作ること

②ルールの複雑化を防ぐ
ルールがシンプルだと、そもそもの給与計算や情報運用、システムもシンプルになる。世の中には毎月の給与計算にほとんど時間を使わない会社も実在する。

「法律通りにやる」ではなく法律の中で何を工夫するか
例えば毎年全社員に20日年次有給休暇を付与するならば、アルバイトなどの比例付与の計算作業・チェックは皆無になる。実際にそういう企業も存在する。法律の範囲内で、アイデア・工夫・投資により解決できる論点はたくさんある。

ルールメイキングの上流工程で必ず労務として参画する
ルールを作る際に、企画段階で労務として参加することで、リスクや無駄なコストを抑えることができる可能性が高まる。

無駄なルール、使われていないものを棚卸して削除する
ルールができてしまった後でもできることはある。本当に効果の出ていないルールについては削除すべき理由を整理して、提案、無くしていく努力を継続的におこなっていく必要がある。不利益変更が面倒でも、本当に効果のないものについては覚悟決めてやっていく必要もある。


労務リソース軽視への対処

本質:
労務担当者を採用しない、ツールを導入しないなど投資を抑えすぎるとリソース不足で属人化していく

顕在化問題:
「今まで問題なく労務管理を運用できていたのに、なぜ追加投資、人員が必要なの?」という反応

重要な概念:
労務の一番重要な仕事の一つは情報収集、準備、提案。ツールを導入する必要性について、徹底的に情報収集、分析、論理的な提案を行う。導入した後もその効果を測定して、共有。成果をあげていることを説明することも、さらに次の投資や改善を進めるために結果を出すことが大切。広報活動をおろそかにすると次の提案が受け入れられないこともある。

目指す結果:
経営陣や社員に労務チームの重要性、導入したツールでの成果を出して共有する。成果を報告して、更なる改善を常に提案し続けていくことが重要。業務的なアナウンスしか発信をしない労務チームが多いので、成果や改善した数値データを忘れずに。

具体的な施策:

①効果的なツールを導入する
ルールがシンプルで、社員間の信頼性が土台にあることが前提で、その状況に最適なツールを配置し続けることで、効率化は維持されていく。

準備・情報収集
・日々、業務のボトルネック、課題を探し続けること。
・新しいサービス、プロダクトを常に調査し続けること
・課題を解決する手段としてツール導入したらどうなるか、常にイメージすること
・他社の労務とツールや運用について定期的にディスカッションすること

提案
・会社の利益に貢献する部分はどこなのか数字でシンプルにまとめる
・なぜ今必要なのかを整理する
・「導入しない」理由を全て洗い出して、対案を準備する

運用後
・実際に導入した効果を測定して開示する。
・ツールを変更したことによる社員や役員の反応をアンケートしておく。
・何より結果を出す(どれくらい利益が出たかを示す)。


②労務担当者の採用育成を進める
そもそも労務は1人でやり続ける業務ではない。複数名で対応することで不正リスクを下げ、担当者の病欠等リスクに強くなり、品質が上がる。

予算の確保
・予算とは採用活動予算と人件費のこと
・労務担当者の予算を確保するためには、リスク対応(病欠リスクや内部統制リスクなど)と会社利益(長期的な社員安全面の再現性、効率化・残業抑制施策に伴うコスト減)について説明するのがやりやすい
・諦めずに提案の質を高めて何度も主張すること。それが重要な労務の仕事。提案を労務の仕事と思っていない人が多い

母集団の形成
・労務担当者の母集団を形成する
・ヘッドハンターやスカウトなどをおこなって広く良い人材との出会いの場を作る
・労務担当者の採用活動においては、採用広報は短期的には効果が出にくい。長期的に採用プロジェクトをやるほど、労務担当者を何人も採用する予算は基本ないはずなので、費用対効果が悪い

採用基準の策定
・労務担当者の採用予算がシビアなことが多いので、自らが労務責任者のポジションなら、思い切って育成枠を採用するか、経験者を採用するなら単純なスキルセットよりも一緒に働きやすいかなどのカルチャーフィットを重視する企業の方が多そう
・育成を考えずに事務処理を任せるだけなら、採用よりもアウトソーシングや派遣の方が安いし、即戦力になる
・労務責任者クラスを採用するなら労務全般を一通り経験値している方が良いかも。特に自社の状況によるが労基署調査、税務署調査、IPO、海外赴任対応など、顧問社労士も実務は深くはわからず、経験がものを言う領域は確かにあり、採用でしか調達できないノウハウなので検討材料とする。

育成
・労務担当者の育成の前に、まず業務自体の言語化やマニュアル化を自ら行うことからスタートしてOK
・全てを自分で言語化しなくても、新規メンバーに教えたことをマニュアル化していってもらっても良い
・重要なのはミスも織り込んで任せまくること。ミスが起きたらオペレーションが個人能力に依存したものだったと判明するので、運用を改善する契機にする。


うまくいく会社と行かない会社の違い

労務管理の業務は属人化しても良い。
ただ属人化を越えることで、会社の未来を支えることができる。

そして運用を標準化して、無駄なルールを増産せず、システムや労務担当者の採用に投資することは労務担当者本人を楽にすることにつながる。

多くの労務担当者の方とお仕事をする中で、属人化していきやすい会社といかない会社の労務担当者のマインドセットの違いを見つけた。

①属人化しやすい企業労務担当者の考え方

できれば楽に運用できる体制にしておきたい。でも経営陣の考えは絶対だし、社員のために自分が我慢して耐えていけばいいか

自分が苦労して、精神削られることで、周りが幸せになれば良いと考える

しかしそれは企業の持続可能な成長には貢献できていない

次の労務担当者は定着しないかもしれません

社員のために分析したり、施策を考える時間を減らし続けているかも

②属人化しにくい企業労務担当者の考え方

絶対に楽に運用できる体制しか認めない。環境にこだわって、社員のためにも経営陣とぶつかっていくぜ

一見、日本だとわがままだと言われる考え方に見えます

しかしミスと工数の少ない労務管理業務につながります

生み出した時間で組織や社員のことを考えて、施策を打つ時間を増やします

より評価されて、信頼されて、業務がさらにやりやすくなります


最後に

人類史上、最も労務管理が難しい時代。
SaaSの乱立、書類の電子化が進んだことと逆行して、労務管理は複雑化、以前よりもむしろ旧式化・手作業が増加している。

この流れは、これからまだ5〜10年は続き、労務管理は人類史上最悪の複雑さを更新し続けていくだろう。

そんな時に属人化の是非について議論することは、果たして有効なのか。いやきっと有効だろう。労務管理の業務を正面から捉えて、本質的に改善するアプローチのスタートになる。

労務管理について考察した下記の記事もぜひご覧いただき、ご意見などいただけるとありがたい。

そして、この記事を見てくださっている労務担当者の皆さん。
企業を超えてより良い働き方を作るために、学びを共有するコミュニティを運営しています

労務に関わる方であればどなたでも無料で参加できますので、ぜひ一緒に良い労務を作っていきましょう。

ご覧いただきありがとうございました🙇‍♂️


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